某所で「総合無線通信士の資格はオワコンだよね〜」と発言したら,多方面から「1総通は無線通信資格の最高峰ですぞ」「 (電信)技能と技術も必要な誇れる資格だと思うが」 等々の意見をいただいたり,「なに言っているんだコイツ」とdisられたりした。
無線通信に関する技能や技術の証明としての1総通は正に無線通信資格の最高峰でした(過去形)
しかし,職に就くための資格としての総通資格はもはや「オワコン」です。モールス電信の「高速」送受技能を身につけ総合通信士資格を得てもモールス電信技能を活かす無線通信士職の需要は壊滅しています。…さらに商船では無線通信士の職そのものが無くなっています。
1990年代に船舶無線通信に大きな変革がありました。(もう30年近くも前のことです)
- 無線技術や衛星通信技術の進展によりモールス電信から印刷電信(テレックス)に転換
- 電子技術の進展により無線通信機器の高信頼化,取扱簡便化が進む
- 1992年にGMDSSという全世界的遭難通信システムが発動し1999年に完全移行して遭難通信の自動化によりモールス電信による遭難通信が廃止された。
- 厳密には旧来の電信を用いた遭難通信の扱いは制度上は残っているが運用はされていない。
(モールス電信の遭難通信では迅速確実な通信が確保できず助かる命も助からないのでGMDSSが義務化された)
その結果
- 義務船舶無線局の通信士にモールス電信送受の技能資格が要求されなくなった。
- 無線通信機器の船上保守を簡便なものしか行わない場合は通信士に高度な無線工学の知識が不要になった。
- 上記1,2を受けて海上無線通信士資格が設けられた。
海事通信においては1〜3級海上無線通信士の通信操作範囲はモールス電信ができない以外は1総通と同じです。
以上のことから,商船では
- 遠距離通信は衛星通信を利用し船舶局に高出力の長・中・短波帯無線設備を設置せず通信室を廃止して通信室機能をブリッジ(船橋)に統合した。
- 船舶局の無線設備に航海中の船上保守不要な機器を採用し3海通資格だけで技術操作が可能となる。
- 海上通信士資格(だいたいが3海通)を持った航海士が通信士業務を兼務するようになった。
- 海通を持った航海士を主任無線従事者として選任すれば、その監督下で無資格の船員でも通信士業務に従事できる。(船長や航海士として就業するには航海士+海通の免許を持っていると有利と言われている)
- 通信士業務が航海士の職に統合された結果,かつては総通資格必須であった商船の専従通信士の職が消滅した。
また,海岸局(船舶との通信を行う陸上の無線局)においても,
- GMDSS導入により安全通信・遭難通信を扱う海上保安庁海岸局が1996年頃から電信の運用停止。
- 商船の衛星通信への移行にともない無線電報などの扱い量が激減し、公衆無線電報(電信)を取り扱ってきた銚子無線局(JCS)1996年廃止。長崎無線局(JOS)1999年廃止。
- 公衆電報無線局の廃止が発表されたとき就業している通信士は廃止計画を撤回させようと「船舶の安全に寄与するモールスSOSの聴取のため海岸局は残すべき」との理由も掲げたが,捜索救難の主管庁である海上保安庁が電信の取扱を止めてもGMDSSの自動救難信号システムで円滑に救助活動を遂行しているとして,この言は一蹴された。
- これらによって海岸局でも総通資格必須の通信士の職が消滅した。
この船舶局や海岸局での総通資格必須の通信士の職の消滅を「総合通信士資格オワコン」と言っています。
総合通信士の需要が無くなったため
- 電気通信大や旧電波高専に置かれていた通信士養成コースが廃止された。
電通大:中央逓信官吏養成所が前身,電波高専:地方逓信官吏養成所が前身で,戦中・戦前に養成所では無線通信士の育成教育が行われていた。中央逓信官吏養成所は日本の無線通信士養成の総本山であった。戦後,文部省に移管され国立の大学や高校(後に高専)となり無線通信士の養成は継続されていた。 - 通信士養成コースを廃止した旧電波高専はその特徴を失い近傍の工業高専と統合された。
- 海上保安庁の部内教育機関での通信士養成は総通から海通+航空通+陸技の資格取得に転換された。
- 現在、総通資格取得を目標とする教育機関は後述の水産高校とその専攻科だけです。
現在、総合無線通信士資格と電信技能を活かした求人は次の2つくらいしかありません。
いずれも若干名の小人数採用です,
- 漁業無線通信士採用
海岸局:1総通,漁船:3総通以上 業務でモールス電信必須(日本で唯一残っている総通資格必須の職)- 総務省の公開データを検索すると、電信(A1A)を運用している漁業無線海岸局は全国で8局くらいで、かつての商船と同じように遠洋漁船側の衛星通信への移行でA1A運用漁業海岸局の通信取扱量が減り年を追うごとにその局数が減っている。
- 漁業通信での総合通信士需要も漸減傾向(電信を廃した漁船が増え通信士を乗船させる場合、海通でOK)となり漁業無線通信士養成目的で公共職業訓練機関に設置されていた無線通信科はすべて廃科になった。
- 水産高校で通信士(3総通)養成が行われているが水産高校通信士養成課程も廃科や学科転換が進行している。
漁船通信士は近い将来に商船のように職が消滅しリストラ対象となることは明らかなので,水産高校無線通信系課程卒業生で漁船通信士に就職する者はほとんど居ない現況。 - 水産高校専攻科(水産高校卒業後の2年課程)は2総通以上の通信士を養成している稀有な存在。
専攻科終了生は警察庁情報通信技官,航空局管制技術官,海上保安官(通信有資格者採用)へ就職が多い。
- 海上自衛隊技術海曹採用
1〜3総通:1〜3等海曹任用 業務でモールス電信あり
自衛隊通信業務には電波法は原則適用されず,その運用には無線従事者免許不要。
自衛隊固定局にはその運用に無線従事者免許が必要なものもある。
. - 参考 海上保安官有資格者採用
1〜2総通or1〜3海通:2〜3等海上保安士任用 業務でモールス電信なし。国際通信を行うので3総通は対象外。- 中〜大型巡視船や航空機には専従通信士が乗務。(商船のような航海士等の兼務では,遭難者との通信確保や遭難通信統制などの通信業務をさばけないため)
- ただし,専従といっても海上保安官の場合は通信だけやっていれば良い訳ではなく海上保安官の職務(犯罪捜査,海難救助,海上交通安全など)にも従事。
- 海保の通信士のそのほとんどが部内の学校(海保大,海保校)で養成され,第3級海上無線通信士,航空無線通信士,第1級陸上無線技術士or第2級陸上無線技術士資格を取得。
- 3海通+航空通は電信を除けば1総通と同じ通信操作ができる。陸技は1総通と同等以上の技術操作。
- かつて1総通必置であった海保の海岸局や船舶局は、現在は電信の運用は全くやっていないので3海通+航空通+陸技ですべての通信操作と技術操作ができる。
- 海保部内教育機関は総務省認定の無線従事者養成講習機関であるため1総通必須の教官職がある。
- 参考 国土交通省航空管制運航情報官
1〜2総通 or 航空通+陸技 業務でモールス電信なし。(業務内容は航空通資格ですべて対処できるので、この応募条件は明らかにオーバースペック。応募条件をキツくして応募者を絞っているものと思われる) - 参考 航海訓練所練習船通信士(教官職)
練習生に対して無線通信に関する事項を教授:1総通 教官職専従で従来の通信士とは業務が異なる
航空通信の職
- 航空無線通信士の資格で航空通信のすべての範囲の通信操作ができるので総合無線通信士必須の職は元々ない。
- 二次大戦直後ぐらいまでは航空機にも通信士が乗っていたが,通信技術と航空管制の発達によりパイロットが通信を扱うようになり通信士は不要になった。(商船の航海士と通信士の統合と同じことがその遥か前に起こった)
現状,ライン・パイロットになるには操縦士免許と航空無線通信士免許の取得が必須。 - 航空管制官や運行管理者 等の対空通信を行う職に採用された人員は部内研修等で航空無線通信士の資格を取得する。主任無線従事者(航空級無線通信士)の監督下で無資格者の運用も可能。
免許取得
- 現況では総通免許を取得するメリットは全くありません。オワコン資格取得のため電信技能習熟に長大な時間を費やすのは時間の浪費でしかありません。
- 今どき、総通の資格を取得しようとする人は電信趣味の資格マニアだけでしょう。
第1級陸上無線技術士免許も有為な資格ではなくなりつつある。
- かつては旧免許の1技や1通/2技を取得していれば有資格者への求人は多く、資格を活かして好条件の職に就くことができました。
- 潮目が変わったのが主任無線従事者制度の施行です。無線局に主任無線従事者を一人専任しておけば、その監督下で無線従事者免許を保有しない者が通信操作・技術操作を行うことができる制度です。
- これによって放送局の陸技必須の職の採用が激減しました。
- また、技術の進展によって送信設備機器の信頼性が格段に向上したため保守要員の減員が進行しました。
- 現在、陸上無線技術士へのある程度の数の需要があるのは、航空局航空管制技術官、警察庁通信技官、海保有資格者採用、(海自技術海曹)と官庁ばかりです。
- これは、当該官庁無線が主任無線従事者制度を導入せず無線局を運用しているため無線従事者免許所有者への求人が比較的多いのです。これら官庁で主任制度が導入されれば求人は激減します。
- また、無線従事者試験が多肢選択式になり簡単に資格取得ができるため求人に比べて資格保有者が圧倒的に多く、無線技術職への応募で1陸技は持っていて当たり前の資格になり、他の能力で職への採否が決まるという実質的陸技免許の価値の低下が起きています。
- 放送局や放送設備の保守運用を請け負う企業には無線従事免許所有者の採用枠を廃し、オールラウンダーの技術職を採用して無線従事者免許が必要な部署に配属された社員に資格取得を督励し無線従事者を充足する方法を取る会社もあると聞きます。
- しかし、官庁無線の職にあっては未だ1陸技は有為な資格です。5に揚げた職に採用されると1陸技を持っていれば学歴無関係で大卒専門職として処遇されます。
- 蛇足です。技術革新による職の消滅もあります。私がかつて勤務した海上保安庁の灯台部門には電波航法システムを運用するために沢山の1陸技2陸技が働いており海上保安学校の航行援助コースで陸上無線技術士の養成が行われていました。GPSが民間に開放され船舶の航法機器として普及し圧倒的な測位精度を持って従来の電波航法システムを駆逐しました。結果、海上保安庁が運用するデッカ、ロランC、オメガ等の電波航法システムが廃止され,これらシステムの無線航行陸上局に必置であった陸技の職が消滅しました。かつては、高さ600mの大アンテナやメガワット級の無線局を運用していた海保灯台部門ですが今は昔の物語です。無線航行陸上局陸技の需要が無くなったため海保校・航行援助コースは通信士養成コースに統合され消滅しました。
- 2019年1月に無線従事者の操作及び監督の範囲についての法改正があり,従来1陸技or2陸技が必置であったコミュニティFM局(特定市区町村放送局)の運用が「周波数及び空中線電力の安定度の向上及び調整の自動化が図られ、外部の転換装置で電波の質に影響を及ぼさない技術操作により運用可能」として要件が緩和され,2総通,3総通,1陸特,2陸特でも可能となりました。これは実質的には1陸技・2陸技の職の消滅です。